3.11

3.11

2021年3月10日 オフ 投稿者: ゆーや

1446分。

 

 

あの日の私は中学3年生に上がる直前の3月、友達と3人で下校中でした。

 

 

 

外にいれば地震は感じにくいと言いますが、愛知だとは言えあの時ばかりはわかりました。

 

 

 

近所のおばさん達がガードレールにつかまって、どうやら慌てふためいて、動揺しています。

 

 

 

「これはちょっと大きな地震だな。」

と子どもながらそれくらいに思って、家に帰ってみると。。

 

 

 

 

母親がテレビを見ながら言葉に表せない顔をしていました。

今でも忘れません。

 

 

 

「大変なことになってる、、」

 

 

 

テレビの向こうには、あの目も当てたくない光景が広がっていました。

何かのドラマの撮影かと思いました。

それくらい、意味のわからない出来事でした。

 

 

 

何週間後。

東京で行われる春の全国大会の出場が決まっていた私たちは、大会のの中止を通達されました。

 

 

その瞬間は正直、

「しょうがないよな」という気持ちだけではありませんでした。

子どもながら、勝つために頑張って掴んだ切符だったので、「何としても出たかったな」という思いが交差していたのを覚えています。

 

 

 

 

しかしその後に出会う、たった一枚の写真で感情が大きく変わりました。

 

 

 

 

 

 

 

ご存知でしょうか。

 

水を運ぶ少年。

今では有名ですが、

この写真が新聞に出たとき、2,3分声が出ず、その写真から目を逸らすことができませんでした。

 

 

 

 

何歳くらいの子だろう、

この子の家族は、、

家はどうなってしまったのかな、、

友達は、、

明日を生きる食べ物は、、

寒いよな、きっと、、

 

 

 

目の前の光景を受け入れられないのが当たり前の中、泣きじゃくって、途方に暮れて、人生を諦めたくなってもおかしくない。

 

 

なぜ、この子は歯を食いしばって両手に水を抱えることができるのだろう。

なぜ、前に進むことができるのだろう。

 

 

 

今、写真のこの子は昨年の9月で20歳を迎えたそうです。

家は流されてしまったけど、ご家族も無事だったそう。

 

 

今を生きるのが必死で、写真撮られたことさえ気づいていなかったようですが、大人達が忙しく食料を運ぶ中、「俺も行く。」と声を上げた少年。

 

もし自分なら、この少年みたいに強く生き抜いていけただろうか。

 

本当に色んなことを考えてしまいます。

 

 

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明日、2021.3.1110年が経つ、東日本大震災。

 

ここ愛知県に住んでいた私は、あの日から始まった被災地の方々の壮絶な日々を語る資格はありませんが、

今ある日常が簡単に崩れ去るかもしれない、という意味ではいつだって当事者です。

 

 

志高く、何かを目指すも良い。

下を見るな、上を見ろ。

大好きな言葉。ごもっともです。

 

 

 

ただ、今ある当たり前の幸せを噛み締めていかなければ、取り返しがつかない事になった時、自分はどうなってしまうだろうか。

 

 

 

日々奮闘して、大切なことを忘れてしまいがちな人間という生き物。

これは私自身に対する戒めでもあります。

 

 

自分含めた、大切な人達が今日も健康で、無事一日を終えることができますように。

当たり前です

 

 

この日が来るたびにこの気持ちを思い出す。

なんてことはそろそろやめよう。自分。

 

この何気ない日常に、日々感謝していかなければ本物になれないぞ。

 

 

 

大切なことは一体何なのか。

今一度、この少年を見て考えてみます。

 

 

 

その上で、

明日を生きることができなかったたくさんの犠牲者の方に失礼な生き様であってはならない。

 

全力で明日を生きたいと思います。

 

 

 

 

本当の強さがこの写真には記されているので、是非立ち止まって見ていただけると幸いです。

 

 

 

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