恩師「阪口慶三」たる男。part 3

恩師「阪口慶三」たる男。part 3

2021年1月17日 オフ 投稿者: ゆーや

◯「人間」から「人」へ

 

 

卒業をしてから大学を卒業するまでの四年間は、毎年夏前に挨拶に訪れるのが恒例となっていました。

 

 

一年に一回とは言っても本当に身が引き締まる思いで毎年グラウンドに行っていたのを覚えています。(辛かった思い出も交差するので複雑な気持ちにもなりながら。笑)

 

でも、行けばとてつもないパワーを大垣日大野球部からもらって帰るので、楽しみな日でもあります。

 

 

先生は良い意味で、教え子を何歳になっても「自分の子ども」として接してくれる人。

 

 

だからいくら久しぶりでも、会えば、

「家業の方はどうだ?」とか「親御さんは変わらず元気でやってるか?」など気にかけてくれます。

 

比較的新しい卒業生とは言うものの、50年以上も歴史があれば、軽く見積もっても教え子の数は何千人にもなるわけです。

 

 

その中のたった一人の選手の、ましてや7,8年前のことを覚えていてくれている。

本当に愛を感じます。

 

 

 

中でも、いつも嬉しかったのは、

 

 

「『君の』チームから今年も良い子を一人いただくことができたよ。」

と、毎年私に報告してくださったこと。

 

 

もちろん私が所属していたチームは、当たり前ですが「私の」チームではありません。

 

でも、先生にとって私の出身チームが、なぜ「君のチーム」なのか。

 

 

それは、そのチームにとって初めて先生の教え子となったのが私というのもありますが、

 

一番は、

野球の出来栄え云々ではなく、3年間先生の元で「真の高校野球」をやり遂げ、一人の「人」として認めてもらっているからかな。と勝手に思っています。

 

 

part1でも書きましたが、前例がないチームから選手を獲得するのはギャンブルです。

当然、入ってみて素行が悪くどうしようもない子だったら、もうそのチームから獲るのはやめようとなるのは当たり前です。

 

 

しかし、蓋を開けてみれば以後、先生は毎年私の出身チームの試合に足を運んでは、なんとほぼ毎年そこから一人、選手を獲得をしているみたいです。

 

 

「パイオニア」だ、なんて言ったら大袈裟だし大変おこがましいですが、私と先生との三年間が、あの頃の私のように甲子園を目指す無邪気な球児たちの轍になれているとするならば、心の底から誇らしい気持ちです。

 

 

 

勝つことが大前提の高校野球ですが、その深いところにはもっともっと大切なことがある。

 

それを学んだのが「阪口野球」でした。

 

 

 

 

◯時よ止まってくれ。

 

 

 

 

そして、大学四年生。

 

 

 

学生として最後の挨拶になります。

だから、私はどうしても先生にお礼が言いたかった。

 

 

先生と同じ大学に進学をしたことも相まって、私のこの高校・大学生活は「阪口慶三」を切っても切り離せない生活でした。

 

 

だからこそ、節目として最後に「ありがとうございました」を伝えたかった。

 

 

 

 

その年はグラウンドではなく、校長室で。

時を同じくして、その日は滝野要(現中日)や橋本侑樹(現中日)ら、大商大野球部組も挨拶に来ていました。

 

 

一同が先生への挨拶を済ませて退室をした後、私は一人残り、先生に頭を下げて

 

 

「先生のおかげで、これ以上ない学生生活を送ることができました。先生に出逢えて私の人生は変わりました。本当にありがとうございました!」

 

 

 

となんの捻りもない想いを、心いっぱい伝えました。

 

 

「、、、、、」(下を向きながら頷いている)

 

 

ん?

 

 

 

「そうか。そうか。。」

 

 

 

先生は泣いていました。

 

 

 

 

でも、私は知っています。

先生が演技が得意なことくらい。

教え子なら誰だって知っている。

 

 

 

もしかしたら、本当に感動してくださって涙を流していたかもしれない。

でも、それが本当に泣いているのかそうでないかは、私にとってはどうでも良かった。

 

 

 

私は教員にはなったこともないから、人を「教育」することについて語ることはできません。

 

ですが、このような思いの生徒を一人でも多く輩出していくことが、「教育」の真髄であるのではないかとあの日から思っています。

 

 

この、数分の時間。

時が止まって欲しいくらい、幸せな時間でした。

 

 

「人間」を「人」にしてくれた先生へ。

 

 

私は大した選手ではありませんでした。

でも、先生の元で過ごした三年間はまさに「男の修行」。

これらは今後の私の人生に大きな勇気を与え、素晴らしき物語として永遠に生き続けていきます。

 

 

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それからまた時は流れ、、

 

 

 

昨年三月、結婚の挨拶に妻と行った時も変わらずの「愛情」で迎えてくれました。

 

 

 

報告も済ませて帰ろうとしたら、

 

 

「一緒に昼を食べよう!」

 

 

と、懐かしの寮の食堂で、先生と向かい合って昼ご飯を食べさせてもらいました。

 

なかなかOBを食堂まで連れてきているのを現役中も見たことがなかったので、気を遣っていただいて申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちが入り混じりました。

 

 

多く談笑をするわけではありませんが、久しぶりに先生の目の前に座れていることが、教え子にとっては特別な時間。

 

 

全てが懐かしくて、噛み締めていると、、

 

 

 

 

先生「さあ、昼からも頑張ろう!」

選手「はい!!!!」

 

 

 

と、またすぐ午後の練習へ。。

 

 

 

 

何も変わらない。阪口野球はいつだって燃えている。

私も門下生として恥じないよう、負けないよう頑張らなければ。

 

 

 

彼らならコロナにも絶対負けない。

だって、先生が育てた「鬼の子」達だから。

 

 

 

そう思わせてくれるのが、

 

「大垣」という名のアナザースカイ。

「阪口」という名のアナザースカイ。

 

 

 

さあ、明日からも頑張りますか!!🔥

 

 

 

 

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